【原点回帰①】なぜ中東に興味を持ったかを振り返ってみる

世界一周

こんにちは、Azusaです。

ちゃんとブログ書こうと思っていたのに、時間が空いてしまいました…。

ここ半月ちょっとストレスが溜まることが続き、メンタルがやられていましたが、少しずつ回復してきたので、また頑張ろうと思います!

そんなタイミングなので、今一度原点回帰するためにも『なぜ中東に興味を持ったか』というテーマを取り上げてみます。

一番最初に中東に行ったのは2013年の冬。

大学3年生を休学し、2012年3月から12月までアメリカのNew Yorkに留学をしていました。

その後、日本に帰らず世界一周に出発。
2012年12月から2013年3月まで、約20ヵ国を旅していました。

その途中で、中東地域を訪れたのが初めて。
ヨーロッパを周遊したあとトルコ入りし、エジプト・ヨルダン・イスラエル・パレスチナを周りました。


そのとき感じたことを思い出してここに書こうかな…と思っていたのですが。

世界一周帰国直後に友人が関わっているフリーペーパーに寄稿したエッセイが出てきて、そこに自分の原点が詰まっていたので、それを少しアップデートして残しておきます。

少し長いですが…タイトルは『イメージの持つ残酷さ』です。

イメージの持つ残酷さ

二〇一三年七月三日。
エジプトで軍のクーデターが起こり、モルシ大統領が解任された。
中東に大きな変革をもたらした『アラブの春』から約二年。
今後、この地域に一体何が起きるのか。世界中が注目するニュースである。

エジプトで起きたデモで、たびたびカイロのタハリール広場の光景がテレビに映し出される。
2013年の一月末、私はこのタハリール広場を少し離れたところから眺めていた。
当時、大学三年時を休学していた私は、アメリカのニューヨークに留学後、人生初の一人旅・バックパッカーで世界一周の旅に出ていた。

小さい頃、偉人の伝記を読むのが好きだった私は、同時期にイエスとムハンマドの本を読んだ。
彼らの一生は、とても神秘的で人間離れしていると感じたのを覚えている。
同時に、彼らの本の中で何度も出ていた地名に魅かれるようになった。

 「エルサレム」

世界に多大なる影響力を持つ、三大宗教の聖地である街。
小さなこの街に一体何があるのか。
この興味は年齢を重ねてからも薄れることなく、歴史的背景なども勉強していくうちに、「中東」という地域全体に魅力を感じるようになっていった。
そして十数年後、世界一周中という形でだが、私は小さい頃から持ち続けていた想いを胸に、中東という憧れの土地に降り立った。

皆さんは、中東に関してどういったイメージをお持ちだろうか。
某検索エンジンで中東と検索すると、候補に出てくるのは

「中東×治安」「中東×危険」「中東×テロ」

検索して出てくるものは、プラスなものよりも、マイナスなものが多いような気がする。
私も世界一周の出発前、多くの人に中東行きを反対された。

「テロにあったらどうするんだ。」

「中東は危ないところなのに。」

そんなこと分かりきっている。危ないところに変わりはない。
しかし、私はこの目で中東を見てみたかった。五感を使って、中東を感じてみたかった。

八ヶ月間のアメリカでの留学生活を終えた後、日本に帰らずにそのまま旅に出た。
最初に訪れた南米で自然の雄大さに圧倒され、ヨーロッパでは旧友達に再会し、いよいよイスラム圏に入る。
今回、トルコ・エジプト・ヨルダン・イスラエル・パレスチナを訪れた。
トルコに入ったときの感覚を今でも鮮明に思い出すことが出来る。
荘厳な雰囲気を漂わせているモスク、毎日五回の礼拝時間の際に街に流れるアザーン、ヒジャブに身を包んだ女性。

トルコに来るまでに、約十カ国の国を渡り歩いてきたにも関わらず、イスラム圏に入ると

「異国に来たのだ。」

と、まるで生まれて初めて海外に来たかのような感覚に陥った。


留学時代の友人に再会し、イスタンブール内を案内してもらった。
途中、彼女が申し訳なさそうに私に言う。

「お祈りの時間だから、モスクに寄ってもいい?」

街中にアザーンが流れていた。もちろんと返事をすると、彼女は

「お祈りの様子を是非見てほしい。」

と言ってきた。

ムスリムでもない、アジア人の私なんかが入ってもいいのか。
少し不安だったが、彼女に着いて行くことにした。
モスクに中に入ると、男女別々の部屋になっており、ムスリムの方々が跪いてお祈りをしていた。

彼女も当たり前のように、お祈りを始める。
私はというと、部屋の隅っこで小さくなって存在を消していた。
場違いなところに来てしまったな…と落ち着かないでいたが、お祈りを始めた彼女の姿から目を離せなくなった。

流れるような仕草でお祈りをしている。
その姿は、とても美しかった。

美しいと思う反面、どうしてここまで出来るのか、と冷静に彼女を見ている自分もいた。
お祈り後、彼女と話しているときに、私はずっと聞いてみたかったことを投げかけてみた。

「日本では、イスラム教のイメージは悪い。イスラム教と聞くと、みんなテロや戦争を思い浮かべてしまう。」

私もムスリム相手に、ずいぶん直球で勝負したものだ。彼女はこう言った。

「確かに、一部の過激派のムスリムがテロを起こしているから、そういったイメージを持たれても仕方がない部分もある。でも本当に一部なの。
多くのムスリムは純粋にイスラム教を信仰しているだけ。
他の国の人がキリスト教を信仰するように、仏教を信仰するように。それと同じこと。
そして、コーランを読めば、きっと日本の皆さんもイスラム教の教えの素晴らしさが分かるわ。」

彼女の答えを聞いて、こんな質問をした自分が恥ずかしくなってしまった。
日本では…という言葉を使ったが、私自身がイスラム教に対してマイナスなイメージを持っていたのだ。

彼女がテロを起こすなんて絶対にない。
絶対にないと分かっているのに、心の何処かで、テロを起こす人々と同じ宗教を、彼女は信仰しているのだと思っている部分があった。
イスラム教に対する私のイメージ。
何も知らないのに、勝手に持っていたイメージ。
このイメージによって、私は彼女を傷つけてしまったのではないかと後悔した。

トルコのあと、エジプトを訪れた。
入国した瞬間、非常事態宣言が出されてしまい、デモの中心地であるタハリール広場は厳戒態勢に入っていた。
地下の駅ではデモ鎮圧のために警察が撒いた催涙ガスが蔓延し、ツンとした臭いが鼻を刺した。

レストランにあるテレビ画面には、アルジャジーラのニュースが流れている。
デモの映像と、画面の下に右から左に流れるアラビア語の文字。
この様子を見るだけで、なんだか恐怖心を抱いてしまう。
日本にいたときにニュースで流れていた、中東で起きたテロや拉致事件の映像とリンクしてしまった。
何て書かれているのかも分からないのに。
もしかしたら淡々とデモの情報を流しているだけかもしれないのに。
勝手に怖いものだと思ってしまう。ここでもイメージが先行してしまった。

エジプト、ヨルダンと旅を続け、いよいよイスラエルに入国する。
世界で一番難しいと言われる入国審査を突破し、エルサレムに十日間ほど滞在した。
その間、三度ほどパレスチナに足を運び、すっかりこの国が好きになってしまった。
イスラエルとパレスチナには、二つの国を隔てる高い壁が存在する。
この壁には、世界各国から集まった人々の平和への想いが描かれている。

「パレスチナに平和を」

「世界は見ているぞ」

その他にも自由の女神が死んだ赤子を抱いて泣いている絵など、様々なものが描かれている。
その中で、その場から動けなくなってしまうほどのメッセージ性を持った絵があった。
瞬時に心をつかまれてしまった。

「I am not a terrorist.」

私はテロリストじゃない。
凛々しい顔をしたムスリムの女性の絵の下に、この文章が添えられていた。
この絵と文章が持つ本当の意味は分からない。
しかし少なくとも、私たちがムスリムに対して持っているイメージへの『彼らの声』、ということに間違いはない。

イスラム圏は危険だというイメージを持っている方は多いだろう。
日本に帰ってきてからも、中東に行ったというと

「危ないのに、よく行ったね。」

「よく死ななかったね。」

といった声を多くもらった。
メディアに流れる中東の情報の多くは、テロやデモ、戦争のことなので、こういったイメージを持ってしまうのは無理もない。
しかし、このイメージによって苦しんでいる人もいる。
テロというイメージを持たれているがゆえに、世界中で差別を受けているムスリムの人々が多くいる。
ただ信仰している宗教がイスラム教というだけで、差別されている。

イメージというのは残酷だ。彼らはテロリストではない。

私たち一人一人が持っているイメージが、彼らをテロリストにしてしまっている。
そして、このイメージが本物のテロリストを生んでしまっているように思う。

中東と検索して出てくる候補のワードがプラスのものになり、一人一人の持つイメージが変わるとき、世界は少しでも良い方向に向かうのではないだろうか。

この想いはずっと変わらない

今このタイミングで読み返してみても、当時の光景が鮮明に浮かんできます。
あのときの中東訪問が、今に繋がっているんだなと!!

この訪問がきっかけで、パレスチナ難民支援活動を本格的に始め、ガザ地区にてインターンをすることとなります。

次回は、そのインターンのことを原点回帰②として書いていければと思います。

Azusa

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